AI、特にGoogleのGeminiのような高性能なモデルをAPI連携してサービス開発を行うことは、多くのビジネスにとって強力な武器となります。しかし、その過程でGoogle Cloud Platform (GCP) などのアカウントが突然「ポリシー違反」を理由に停止され、事業が中断してしまうという重大なリスクが潜んでいます。
これは単なる技術的な障害ではなく、プラットフォーム側が不正利用を防ぐために導入している自動化されたコンプライアンス・リスク管理システムに起因する戦略的課題です。
本記事では、提供された分析レポートを基に、AI API利用(特にGoogle Cloud環境)におけるアカウント停止の主な原因を解明し、それを回避・対処するための実践的な方法を解説します。
なぜアカウントは停止されるのか?主な3つのシナリオ
Googleから送られてくる「ポリシー違反」という通知は、意図的に曖昧にされています。具体的な違反内容を明かすと、悪意のある利用者に回避策を与えてしまうためです。しかし、停止の引き金となる主なシナリオは、ある程度特定することができます。
シナリオ1:請求・支払い・本人確認の問題(高確率)
これは、特に新規アカウントにおいて最も頻繁に発生する停止原因です。 Googleの自動不正検知システムは、不正行為や資金不足の兆候に対して非常に敏感に反応します。
- 主なトリガー:
- 登録したクレジットカードの与信枠確保(オーソリゼーション)の失敗。
- カード発行会社による国際取引の拒否(不正利用と誤認)。
- 法人名義のアカウントに個人のクレジットカードを紐付けた場合の不一致。
- Google Payments Centerを通じた本人確認書類(法人登記簿、公共料金請求書など)の提出不備または遅延。
- 背景: Google Cloudは多額の無料クレジットを提供しており、これは暗号通貨のマイニングなどの不正利用の格好の標的となります。そのため、Googleはリスクスコア(新規設立会社、新しいドメイン、新規登録のカードなど)を自動計算し、スコアが一定値を超えると、不正利用を判断するまでもなく予防的な措置としてアカウントを凍結します。
シナリオ2:利用規定(AUP)違反の疑い(中確率)
利用者側に悪意がなくても、初期設定時やテスト中の活動が、利用規定(AUP)違反(マルウェア配布、スパム、フィッシングなど)に関連する挙動と誤認されるケースです。
- 主なトリガー:
- デプロイしたコンテナイメージやサードパーティ製ソフトウェアに既知の脆弱性が含まれていた。
- テストスクリプトからのアウトバウンド接続が、不審なアクティビティとしてフラグ付けされた。
- ベンチマークテストなどで一時的に高いCPU使用率が続き、暗号通貨マイニングと誤認された。
シナリオ3:生成AI API特有のポリシー違反(中確率)
Geminiのような生成AI APIの利用は、新たでデリケートなコンプライアンス層を追加します。Googleはプロンプトと出力を積極的に監視し、禁止ポリシーへの違反がないか確認しています。
- 主なトリガー:
- 有害、憎悪的、性的、または危険なコンテンツの生成(あるいはその疑い)。
- 自動化されたセーフティフィルターによるプロンプトの誤解釈。例えば、医療関連の無害なテキストを「自傷行為」関連と誤認したり、金融分析を「詐欺的スキーム」と誤認したりするケースです。
- 利用履歴のない新規アカウント(ゼロトラスト状態)では、疑わしいと判断された最初のプロンプト一発で即時停止するリスクもあります。
アカウント停止を未然に防ぐための「7つの回避策」
将来的なアカウント停止リスクを最小限に抑え、回復力の高い(レジリエントな)インフラを構築するためには、以下の予防策が不可欠です。
① クラウドガバナンスの確立(最重要)
- 複数オーナーの設定: これが最も重要な予防策です。プロジェクトの「オーナー」権限を、信頼できる複数名(例:共同創業者、シニア開発者)に付与します。万が一、一人のユーザーアカウントが停止されても、他のオーナーがプロジェクトにアクセスし、管理を継続できるようにします。
- 最小権限の原則: 各アカウントには、その役割に必要な最低限の権限のみを付与します。
- Googleグループの利用: 個々のアカウントに直接権限を付与するのではなく、「管理者グループ」「開発者グループ」などGoogleグループを作成し、グループ単位で権限を管理します。これにより、人員の追加・削除が簡素化され、管理ミスを防げます。
② 請求と本人確認の徹底
- 「ビジネス」アカウントで登録: 請求プロファイルのアカウントタイプは「個人」ではなく「ビジネス」を選択します。
- 法人情報の完全一致: GCPに登録する会社名、住所、電話番号が、法人登記簿謄本(登記事項証明書)、税務関連書類、公共料金の請求書、クレジットカードの請求先情報と一字一句違わず完全に一致するように細心の注意を払います。
- 本人確認書類の事前提出: Google Payments Centerから要求された場合、速やかに必要な書類を提出します。
- バックアップ支払い方法の登録: メインの法人カードが何らかの理由で失敗した場合に備え、予備の法人カードまたは銀行口座をバックアップとして登録しておきます。
③ 予防的なセキュリティ対策
- APIキーの厳格な管理:
- APIキーをGitHubなどの公開コードリポジトリに絶対に埋め込まないでください。GCPのSecret Managerなどのシークレット管理ツールを使用します。
- APIキーには制限を適用し、特定のIPアドレスや特定のサービスからのみ利用できるように設定します。
- 脆弱性スキャン: デプロイするコンテナイメージやソフトウェアに既知の脆弱性がないか、事前にスキャンするプロセスを導入します。
④ モニタリングとアラート体制の構築
- 「重要な連絡先」の設定: GCPの「重要な連絡先」機能に、プロジェクトオーナー個人だけでなく、常に監視されているグループメール(例:
admin@your-company.com)を設定します。これにより、法務、セキュリティ、停止に関する重要な通知を見逃すのを防ぎます。 - コンプライアンスメールの監視:
google-cloud-compliance@google.comのようなアドレスからのメールは、停止の警告である可能性があります。これらのメールを受信トレイでハイライトし、最優先で確認する社内プロセスを確立します。
⑤ 生成AIポリシーの遵守
- Gemini APIなどの利用規約と禁止されている利用ポリシーを熟読し、抵触しないようプロンプト設計やアプリケーションの利用方法に注意します。
- 特にユーザーが生成したコンテンツ(UGC)をAIに渡す場合は、セーフティフィルターの挙動をよく理解し、十分なテストを行います。
⑥ ベンダーロックインの回避(事業継続性)
- モデル非依存のアーキテクチャ: 可能であれば、Dify.aiのようなプラットフォームを活用し、単一のAIモデル(例: Gemini)に過度に依存しない設計を心がけます。
- 代替LLMの準備: Microsoft Azure (OpenAI GPTモデルを提供) や Anthropic (Claudeモデル) など、他の主要なAIモデルプロバイダーのアカウントも準備しておき、有事の際に迅速に切り替えられる体制を整えておくことは、強力なリスクヘッジになります。
⑦「新規法人アカウント作成」の罠を避ける
- アカウントが停止された後、焦って同じ会社名、住所、支払い情報、あるいは同じIPアドレスから新しいGCPアカウントを作成しようとしないでください。
- これは「停止措置の回避行為」とみなされ、即座に検知され、恒久的な事業体としての利用禁止(永久BAN) に繋がる可能性が非常に高い、最もハイリスクな行為です。
万が一、アカウントが停止された場合の対処法
予防策を講じていても、停止が起きてしまう可能性はゼロではありません。その場合は、冷静に、戦略的に対処する必要があります。
ステップ1:状況分析と証拠準備
- 繰り返しの再審査請求はNG: 情報が不十分なまま「なぜだ」「不当だ」と感情的な再審査請求を繰り返すのは逆効果です。スパムとしてフラグ付けされ、真剣なレビューの機会を失う可能性があります。
- 事業者確認パッケージの準備: シナリオ1(請求・本人確認)の可能性が最も高いため、以下の「事業の正当性を証明する書類」をデジタルデータ(PDFなど)で準備します。
- 法人登記簿謄本(登記事項証明書)
- 納税証明書または直近の申告書類
- 登録住所が確認できる、直近の公共料金(電気、電話、インターネットなど)の請求書
- 使用したクレジットカードの利用明細書(カード番号の一部や個人情報は隠した状態)
- 会社の公式ウェブサイト(事業内容、住所、連絡先が明記されていること)
ステップ2:網羅的かつ専門的な再審査請求(1回勝負)
準備した証拠に基づき、Googleのレビュー担当者が承認しやすいよう、以下の要素を盛り込んだ一度きりの決定的な再審査請求を送信します。
- 導入: 請求先アカウントIDとプロジェクトオーナーのメールアドレスを明記。
- 事業の正当性: 「弊社は正規の事業者であり、Dify.aiプラットフォームとGemini APIを(例:『社内向けコンテンツの要約および分析』)のために利用する」と、具体的かつ正当な利用目的を説明。
- 全シナリオへの先回り対応:
- (請求関連): 「本人確認に関する問題を解決するため、法人登記情報、公共料金請求書、支払い方法の明細書を添付しました。」
- (AUP関連): 「環境のレビューを実施し、脆弱性がないことを確認しました。今後はGoogleのセキュリティベストプラクティスを遵守します。」
- (AIポリシー関連): 「Gemini APIの利用は禁止ポリシーを厳格に遵守し、ガイドラインの範囲内で運用することを保証します。」
- 結論: 「コンプライアンス遵守の重要性を理解しており、サービス再開を謹んでお願いする」と、苦情ではなく、パートナーシップとコンプライアンスの観点から記述します。
ステップ3:並行開発パスの確保(事業継続)
再審査請求の回答には数週間かかることもあります。その間、事業を止めてはいけません。
- 代替LLMへの切り替え(最も推奨): これが最も回復力のある戦略です。Dify.aiなどモデル非依存のプラットフォームを利用している場合、APIキーの接続先をMicrosoft Azure (OpenAI) や Anthropic (Claude) など、別のプロバイダーに切り替えて開発とサービスを継続します。
- 暫定的な個人アカウント利用(短期的な回避策): 開発を一時的に継続するため、停止されたアカウントとは無関係の、既存の(問題のない)個人のGoogleアカウントで新規プロジェクトを作成し、新しいAPIキーを取得します。(ただし、これはあくまで一時しのぎであり、法人資産と個人資産が混在するガバナンス上の問題が伴います)。
まとめ
AI API利用におけるアカウント停止は、特に新規事業者にとって深刻な脅威ですが、その多くは悪意によるものではなく、「不正利用の疑い」という自動化された予防的リスク管理が原因です。
日頃から、
- 「複数オーナー」を設定し、一人の停止で全滅する事態を防ぐこと。
- 法人情報をGCPの登録情報と完全に一致させ、本人確認を徹底すること。
compliance@google.com等からの重要な通知メールを見逃さない監視プロセスを確立すること。
これらの地味ながらも重要なクラウドガバナンスを徹底することが、最も効果的な回避策となります。万が一停止した場合も、慌てずに証拠を揃えて網羅的な再審査請求を行うと同時に、代替AIモデルへの切り替えで事業継続性を確保する戦略的な視点が不可欠です。


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